フラ・アンジェリコの《聖告》やボッティチェッリの《プリマヴェーラ》など、クアトロチェント(イタリア15世紀)に描かれた名画の数々は今日も私たちの前にある。しかし、これらを生んだ「クアトロチェントの眼」と現代の私たちの眼は、果たして同じものを見ているのだろうか? 社会の変化はものの見方に作用するのではないか?
本署の原題は Painting and Experience in Fifteenth-Century Italy(15世紀のイタリアにおける絵画と経験)という。邦訳では内容に即して、「ルネサンス絵画の社会史」という題をつけた。著者は社会が絵画を規定する、という一方的な社会と絵画の関係を主張するわけではない。契約書や手紙、当時の算術の教科書、といった多彩な史料を駆使して、絵画というテクストを社会というコンテクストの中で読み解く作業をしている。社会と絵画が共有している基盤を、つまり15世紀特有の〈認識方法〉〈クアトロチェントの眼〉をさぐっているのである。
著者マイケル・バクサンドール(1933~2008)は、ロンドン大学の文化史・美術史研究所であるウォーバーグ研究所でE・H・ゴンブリッチに学び、その一番弟子と見なされている。ヴィクトリア&アルバート美術館での勤務を経てウォーバーグ研究所に戻り、後進の指導にあたった。その後、アメリカに移ってカリフォルニア大学バークレー校でも教えている。本書の邦訳は1989年に平凡社から刊行されたが、アートワークス版は同じ訳者グループによる改訂版である。新旧の両版の「訳者あとがき」にある著者の略伝、およびアートワークス版で加えられたバクサンドールの著作目録は、今のところ本書以外に邦訳がないバクサンドールの多面的で刺激的な研究のあらましを、日本の読者に初めて紹介するものである。

