芸術家の人と仕事についての記述は古くから存在する。『美術家列伝』を著した16世紀イタリアのヴァザーリがしばしば「最初の美術史家」と呼ばれるように、美術史学もこうした記述から始まった。ところが近代歴史学の発達に伴い、過去の芸術家伝は軽視されるようになる。同工異曲の逸話が繰り返し現れるので、事実の記録とは見なしがたいと考えられたのだ。
しかし、本書の著者たちは発想を転換し、繰り返し現れる定型的逸話の中に、人々が芸術家一般の本質について抱いてきた普遍的イメージを探ろうとする。例えば、低い身分の子供が才能を発見され、大芸術家に成長して栄誉を得るといった話は、実際に特定の芸術家の身に起こった出来事であるというより、文化英雄としての芸術家という普遍的イメージを表していると解するのである。また、迫真の描写によって人や動物を欺いたという逸話は、芸術家を魔術師、あるいは神的存在とする見方を示すと捉え、ライヴァルを殺害したという逸話は、芸術家間の強烈な闘争心が極端な形で人々に印象付けられたものと解する。さらに、芸術家についてのこうした定型的イメージが現実の芸術家の想像力に作用し、生き方を規定することもあると付け加えている。
著者たちは共にウィーン出身の美術史家だが、クリス(1900~57)はフロイト派の精神分析学者でもあり、他方クルツ(1908~75)は文化史研究で知られるヴァールブルク研究所(ハンブルクからロンドンへの移転後はウォーバーグ研究所)の一員で、東洋文化にも関心の深い美術文献学者だった。
本書のドイツ語版原著は1934年にウィーンで刊行されたが、1988年にぺりかん社から刊行された邦訳は、後半生をロンドンで過ごしたクルツが増補した1979年の英語版も参照し、さらに訳者代表の大西広が中国と日本の例を豊富に補ったものである。例えば、水墨画の大家として名高い雪舟が、寺の小坊主時代、和尚に絵を描くことを禁じられたとき、床に落ちた自分の涙で迫真的なネズミの絵を描いて和尚を驚嘆させたという周知の逸話も取り上げられている。和尚はそれ以来、雪舟の絵画への専心を許したというのだが、幼い子供のとびぬけた画才が周囲の大人を驚かせたという点だけでなく、天賦の才能の持ち主が、親や師匠などが設けた障害を乗り越えて大成するという点でも、この話は原著に取り上げられた西洋の芸術家伝説と見事に呼応するのである。原著者たちが目指したのは、東西両洋を視野に収めた文化の歴史を探求することだったのだから、わが国でこうした形で訳出されたことは特に意義深い。大西広は、アートワークスによる本訳書の復刊を見ることなく2021年に他界した。今は、二人の著者および本書に序文を寄せている彼らの友人ゴンブリッチとともに、泉下での談論風発を楽しんでいることだろう。

